ディス・オーシャン・イズ・キリング・ミー

小さい頃から水がすごく好きだ
飲むのも好きだし浸るのも好き
コップの中にちょこっと切り取られて入っている水はかわいい。
死ぬほど喉が乾いた時にごくごく飲む水ほど美味しいものはない。
お風呂は巨大なゼリーみたい。
着水するときのくすぐったい感触と、蛇口から糸みたいに流れる水が好き。
浴槽で肘からしたたる水滴が、一番綺麗に水面を揺らす。

かわいた髪を水につけるときのシャワシャワいう音を聞くと、なんだか悪いことをしているような気になる。でももうどうだっていい。
わたしはお風呂の底に潜って何も考えない。
ゼリーの中のミカンと同じだ。
わたしが何も知らずに気持ちよくいる間に、誰かが食べてくれたらいいのに。

お風呂の底はあまりに心臓の音がよく響いてこわい。
心臓の音なんて聞こえない方がよっぽどまともに生きている感じがする。心臓はいつ休むんだろうなんて、恐ろしいことを考える必要もない。
あまりにうるさくなる前に栓をさっさと抜いてしまおう。
お風呂のお湯はぐんぐん減っていって、わたしはゼリーから救出される。胸がくすぐったい。
わたしは浴槽の底にへばりついて、全く新しいクローン人間として起き上がる。生まれたばかりで身体がすごく重たい。もう何体目になるんだろう
最初はすごくだるくって、でもすぐにすっきりする。頭が痛いのも気づくと治ってる。ほんとうに新しく生まれ変わったみたい。あんなに水に浸かっていたのにコップの水が飲みたくなる。
コップの水は落ち着いていていい。
どこも濡らさずに水を飲むことができる。
ものすごい発明だ。
コップに手を突っ込むときの罪悪感は、きっとお風呂との違いからきているんだろう
飲むための水と浸るための水は違うのだ